100歳の祖母

数日前に、祖母が他界しました。

昨年100歳になり、菅総理、小池都知事から表彰状を頂いていたところでした。

そういえば、大きなのっぽの古時計もちょうど100年の人生の話だったなあ、と感じます。

小さい頃はよく夏休みに祖母の家、熊本に行きました。

「せからしか!!」とよく怒られて、熊本弁はよく分からなくても意味はよく伝わる。文字だけがコミュニケーションではないと幼心ながら痛感したものです(笑)。

祖母からは戦争前後の話をよく聞きました。

結婚した後すぐに夫が戦争に行き、終戦の年に戦地で亡くなったと。

「もうちょっとで終戦だったのに、あと少しだったのに、すごい惜しかったね!」

と小学生の僕は素直にそう伝えたのですが、

「あの時はみんなが死んだけん」

と、淡々とゆっていたことを印象深く覚えています。

死生観が、現代のそれと当時のそれでは全く違うような感覚を、子どもごころに感じました。

空襲の時に、まだ赤ちゃんの父をおんぶしながら熊本城まで走って避難した話、

その時の熊本城からの市街の光景はどこも火の海で今でも忘れられないという話。

確か、東山魁夷さんも熊本に兵役で行き、自分の才能が感じられず行き詰っていた時に、熊本城の上から山地を眺めたときに、素直に生きようというひらかれる思いに至ったとのことを、エッセーで述べられていたと思います。

祖母の話とあわせて、僕の熊本城への愛着に繋がっています。

90歳手前くらいの頃に、一人で熊本で暮らしていては心配ということで、孫たちが東京に引き取って新生活をスタートした祖母。

熊本に帰りたい、熊本が恋しい。

最初はそうゆっていた祖母が、だんだんと、グループホームに慣れ楽しんで行き、良かったなあと思う一方で、認知症が進み、色々なことが分からなくなったここ数年。

孫のことも分からない、自分の子(僕の父)のことも分からない。

そんな祖母でも、最後まで残っていたのは熊本の頃の話、戦争より前の、自分が小さいときにお兄ちゃんに手を引かれて小学校に行った時の話などでした。

最も記憶が強く残るのは幼少期、というのは本当にそうなのだなあと。

かけがえのない原体験に繋げる幼児教育に携わる身として、改めて背筋が伸びる思いでした。

子どもたちには、学びあふれる楽しい人生を、悲惨な戦争のない人生を必ず残して行きたいと思います。

おばあちゃんのご冥福を心からお祈り致します。

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